カテゴリー「コミュ障・対人」の107件の記事

2023年10月17日 (火)

慰労会〜しゃべれない、聞こえない〜

集団の中にいると凹むことは多いけど、刺激にもなって自分を磨こうと思える。 


土曜にあったある役員の慰労会は無礼講で、3〜4人の輪に分かれて盛り上がり、女性が男性に「〇〇さん、腹黒ーい」なんてツッコむような雰囲気だった。


そんな中、私はろくなエピソードも思い出せず、会話を展開することもできず、何かを話すと「ううん、そうじゃなくて」みたいな返答をされることが何度もあった。


極めつけは喧騒の中で言葉が聞き取れない。APD、聴覚情報処理障害という概念があるけれど、私はまさにそれなのだ。奥の人の声が聞こえなくても「うんうん、そうですね、」とうなずくしかなった。


こういう会ではいつもそうだけど、やるせない気分になる。控えていた酒を5杯飲んでも少しも酔わなかった。

Uchiki

私は中学・高校で場面緘黙だったから、口数が多くなればあの頃楽しく過ごせたかも、なんて思うこともあった。でも、薬や酒でしゃべりやすくなっても、できないことはできない。それがディスオーダー(障害)というものなんだ。


だったら、集団活動を避けて暮らすか、 それとも恥ずかしい思いをして参加し続けるか。


自分の答えはいまだ出ていない。人に会いたくない時と、会いたくなる時とムラがあるので、気が向いた時だけ積極参加している。


社交上手や記憶上手にはなれなくても、知識を深める、色々な経験をする、体を鍛えるといったことはできるので、それをまずがんばりたいし、 そういう風に奮起させてくれたという意味では、慰労会に参加してよかった。

2023年2月10日 (金)

新しい職場で中鬱(長文)

オープン就労で入った職場にどうにもなじめない。

過去を振り返れば、どんな不適応環境にも、たいてい自分を気にかけてくれるキーパーソンが現れた。

今もキーパーソンがいないわけじゃない。同じ障害枠のASDの男性、もう一人、おそらく凸凹を持っていて、休職予定の男性。このお二人とたまに雑談する程度。

先月までは、抗不安薬を毎日飲んで、勇気を振り絞って会う人達に声をかけてきた。今はもうその気力が出ない。

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他の人からは、心の無い機械のように扱われている気がする。すみませんとか、ありがとうという言葉も消えてきた。私は内心「話したい」とやきもきしながら、機械みたいに自分を押し殺している。

なぜか、私は今までいつも、相手に弱者扱いされているのがわかると、わざわざ弱者を演じて、虐げてくださいと言わんばかりにふるまってしまう。前の職場がまさにそう。

もしかしたら、母親や過去の虐待者との関係を再現しているのかもしれない。母親こそが私を無力化して、機械のように扱ってきた人なので。(逆にキーパーソンというのは、亡き父親の象徴かもしれない。)

そういう意味では、はじめから弱みをさらけ出すオープン就労にしなければよかった、とも思い始めた。

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そして軽鬱から中鬱に悪化。

仕事に行きたくない。家事も遊びもしたくない。動けば身体中重くて痛くて、指が震える。

何より異常なのは、ネガティブ独語というか、汚言症というか、物騒な文句を無意識に吐いてしまう。吐いてから、家族や通行人に聞かれてないかとどきどきする。

……

助けを求めて、行きつけのカウンセリングに電話をした。が、半月以上先まで予約が空いてない。

なので、化学的に気分をシフトするべく、倍増されたジプレキサ(オランザピン)を飲んでいる。鬱にも妄想にも処方される薬だけど、これが抗不安薬とは違い、効くのにすごく時間がかかる。

効き出すと、何かギアがニュートラルに入ったような静けさを感じた。安心とは違う、「だから何だ」という感覚。

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とにかく、必要以上に弱者としてふるまうのをやめたいし、キーパーソンをもっと増やしたい。

2023年1月30日 (月)

言語的エピソード記憶が出てこない(1)

10月のブログの続き。

 

視覚記憶がこんなに回復すると思わなかった。

書類を転記する時、前は紙を裏返すと内容がすぐ抜けたのが、今は2分以上もつ。

過去の光景も、手がかりがあれば思い浮かんで、味、匂い、触覚を伴うこともある。

 

それがなぜ損なわれ、なぜ復活したのかわからないけど、私のエピソード記憶は〈非言語〉に関する限り修復可能なのかもしれない。

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ところが、音声言語のエピソードだと、数分前に聞いたことすら消えてしまう。

話にあいづちを打っているのに、その後「今なんて言ったの?」と聞くことも増えた。数分前どころかリアルタイムで。

そういった言葉を無理に思い出そうとすると、頭の中にサイレント映像が途切れ途切れに現れ、キーンとした何かが広がる。

音の高低や、相手と自分の感情、といったニュアンスはなんとなく思い出せるから、もどかしいし、気持ちが悪い。

 

いつからひどくなったんだろう。

文字ならどうか。

例えばメールの返事を書くのに何度も読み返さないと、相手が何を書いたかすぐ忘れてしまう。

以前とはかなり違ってしまった。

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これでは、もし犯罪の被害者になっても何も証言できないので困ってしまう。

……

こうなったらもう、非言語記憶を駆使して言語的エピソードを覚えるしかない。

例えば聞いたことをオウム返しすると、口の動きがプラスされて少し印象強く残る。身振り手振りも同じように。

本当に保存したいなら、メモなりボイレコなり使えばいいのだ。

 

でも、会話内容を思い出せないのはいつも寂しいし、周りの人にあきれられてしまう。

それは信頼や責任にも関わることなので、なんとかならないものかなあと思う。

<おまけ>

エピソード記憶についてはこちらのPDFなどが参考になります。
記憶は脳のどこにあるのか?
神経心理学入門 記憶障害のみかた

>>続き

2023年1月19日 (木)

新しい職場で軽鬱

去年の職場で苦手な業務に移されたのが丸一年前。
初めての看護助手を1年ほどした後、前回書いたブラック部署で壊れた。>>詳細

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半年のほぼ無職期間を経て、始めたパートは昔の仕事に似た事務系。
オープン就労だったのもあり、職員は皆よそよそしい感じだった。 >>詳細

2か月が過ぎて、2割くらいの人は一対一になると話しかけてくれるようになった。
3割は挨拶も返さないくらいのスルーで、残りの5割はよくわからない。
話しかければ短い返事が返ってくる。
でも、それ以外の時は存在しないかのように扱われる。

それは障害者だからなのか、私のキャラクターゆえなのか。

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「○○さんと話せるようになりたいけど、話しかけたら迷惑かもしれない」
「でも、黙っていたらもっと感じ悪い人と思われるかもしれない」
「でもでも、話すことが思いつかない」
不安と緊張で肩がぎゅっと固くなって、前向きなことが考えられなくなってしまう。

(ロラゼパム(ベンゾジアゼピン系抗不安薬)を飲むと軽減するけれど、主治医はそれよりジプレキサ(気分安定薬)を使いたいようなので、ロラゼパム断ちに挑戦している。)

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お正月明けから2週間以上、抑うつのような症状が続いていた。
頭と体が重くて、消えたい願望がちらつき、涙や独り言が勝手に出てしまう。
睡眠も寝すぎたり眠れなかったり。

双極性障害やPMS(PMDD)を持っている人なら、覚えのある体験かと思う。
もしかしたら、対人関係のことをあんまり悩みすぎたせいかもしれない。

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逆に言うと、そういうことで悩めるくらい、業務自体のストレスは少ないということだ。

電話応対も、文書作成もない。前職のようなノルマ・圧力もない。
机とPCとコピー機さえあれば済んでしまう作業。
想定より早く進むので、確認の時間もたっぷりある。

先輩も(年下の男性だけど)障害者雇用で、成人してから診断を受けたという。
ASDだそうでちょっと極端な面はあるものの、周りとはうまくやっているし、唯一、話したい時に話せる。
それは救いだったと思う。

軽鬱は続いているとはいえ、認知能力はいくらか戻ってきたので、できるところまでしがみついてみたい。

2022年11月21日 (月)

新しい職場でスルー?

連絡を丸1日忘れた失敗があるにも関わらず、求人一発目で採用されたのは運が良かった。
詳細は書けないけれど、前の前の仕事でやっていたのに近い、事務系のパート。

業務自体は今のところ高負担ではなく、物足りないということもない。
本業復帰の肩慣らしにはちょうどいい感じだ。

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ところが何日経っても、9割の人と言葉を交わせていない。
やっと、教育担当の人(男性)と雑談できるようになったという所。

個別に「○○です、よろしく・・・・・・」という場面がなかった上に、話しかけてくる人がいないのだ。
こちらから話しかけられる雰囲気すら生まれない。
ただでさえコミュ障で人が怖いのに。

昼休みは、バラバラの席で会話禁止。
勤務が短いから、ロッカーで一緒になることもない。

私のほかにも発達障害の人がいるけれど、入って長いからか、普通に順応しているように見える。

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高校の頃を思い出す。

あの時、入学して何日経っても、どの仲良しグループにも入れなかった。
声をかけるのが怖かったのと、自分が入ったら迷惑なんじゃないか、という気持ちもあった。
昼休みは涙目になるのをこらえて、廊下や図書館をうろうろしていた。

でも、今いるのは高校ではない。
仕事をして賃金をもらうために通っているんだし、あれからもう何十年も経っているのだ。

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だから、ある限りの勇気を振りしぼっている。
「おはようございます」「お疲れ様です」を徹底したり、調べればわかることをあえて質問したり、エレベーターが一緒になった人に話しかけたり。

部署の人でも反応はそっけない。
やっぱり「障害の人」だから・・・・・・?と考えそうになるけれど、まずは私は危険な人物ではないことと、凹特性以外は他の人と変わらないのだ、ということが伝わればいいなあと思っている。

2022年10月24日 (月)

ヘレン・ケラーの記憶力と言語力

自分が精神『障害者』になったせいだろうか、急にヘレン・ケラーのことを調べたいと思った。

今まで「目が見えず耳も聞こえないのに言葉を覚え、話ができるようになった人」という記憶しかなかった。
どこか「気の毒な人」という意識すらあった。

だけど自伝を読むと、そんな単純なものではなかった。
彼女は、障害のない人でもとうてい成し遂げられないような力の持ち主である。

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彼女は指文字や言葉を覚える前から刺激豊かな体験をし、見聞きできないはずのことまで事細かに覚えていた。
アン・サリバン先生と出会ってからは次々と語を覚え、膨大な数の本を(指文字や点字で)読み、何か国語もの言語を覚え、今のハーバード大学では健常者とともに学んで卒業し、たくさんの著作を残した。

自伝を読むと、その豊かな記憶力と表現力に驚いてしまう。

彼女が"言語"を正しく覚えたのは7歳からなので、適した習得時期をとっくに過ぎている。
そこまで彼女を成長させたものは何なのだろう。

もちろん、恵まれた家庭に生まれたことと、彼女に一生を捧げた師のおかげもあるかもしれない。
だけど、もとから好奇心と向上心が本当に強い人だったんだと思う。

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私には、子供時代のエピソードがストーリーとして残っているというだけでも驚きなのに、それを小説のように再現できるというのは、ヘレンにしかできないことなのか、それとも、誰でもある程度できることなのか。

私は見えて、聞こえる代わりに、その知覚を処理するのに精いっぱいで、なにか肝心のものが欠けている。

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意志を伝えたい、という気持ち、うまく伝わらないもどかしさは、どこか共通している。
だから、その手段である言葉をたくさん学びたいというのも。

それを受け止め、返してくれる人が、どれだけいるか。

「障害だから、しゃべれないのだから、たいして話さなくてもいい」ではなくて、見聞きできる人と同じように積極的にコミュニケーションを取ろうとした、ヘレンの家族や先生、友達の存在は素晴らしいと思う。

私も、伝えたい気持ちをあきらめたり、あきらめさせたりしないようにしたい。

2022年7月 4日 (月)

「僕の大好きな妻」と再就職不安

ドラマ「僕の大好きな妻」(原作:僕の妻は発達障害)を見ている。

正直言えば、タイトルがちょっと近づきがたかった。
私はヒロインのように多弁ではなく、味方もほとんどいない。
家族に見るようにすすめても知らんぷりで、やるせないから見たくないと思う時もあった。

だけどいざ見始めると、羨望を抱くこともなく、温かく見守りたいと思えた。

第5回は派遣で働き出して、うっかりや空気の読めなさを理由にクビにされる回だった。
こちらは過去の職場を思い出して泣きそうになった(直近では>>)。

世の中、特に企業社会は、どうしてあんなに他人に厳しいんだろうと思う。
「ちゃんとしなさい」と厳しく当たる人が、本当にできる人とは限らない。
本人が自覚していないだけで、マイナス面を少なからず持っている。

前の職場はそれを象徴していて、私は情け無用の完璧主義な上司達につぶされてしまった。
ただ、接していると、「本当に彼女らは精神的に成熟していて、健康なのか?」と疑問を持った。

ドラマでは、クビにした上司にヒロインが障害を明かし、直球で向き合おうとしている。
展開が気になってしかたない。

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今、障害者職業センターというところで、長期の支援を受ける希望をしている。
障害者就労の前段階に当たるものだ。

手先の作業はもちろん、比較的得意だったパソコン事務もミスだらけだった。
短期記憶が衰えているし、目が対象を認識するより早く、手が勝手に動いてしまう。

ブランクや加齢のせいもあるとはいえ悲しくなった。以前はそんなに間違えなかったから。

内職は続けているとはいえ、月に5千円ももらえない。
派遣型の有償ボランティアも、依頼がパタッとなくなってしまった。

カウンセラーは、スピードを求めない、ゆっくりできる仕事を選ぶのがいいと言っている。
でも、こんなに不器用で不正確で、その上コミュ障で年も行っている自分を、受け入れてくれる職場があるんだろうか。
何かと自信がなくなっている。

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良いことを書けば、最近はおっくうさが減って、体をよく動かすようになった。
ストラテラのおかげか、ジプレキサのおかげか、それとも暑さによる血行改善のためか・・・・・・はわからない。
"定型"の人が、いつでもこんな風に動けるんだとしたら、とてもうらやましい。

2022年5月 1日 (日)

退職から得たもの(長文)

人生でいちばん合わない職場をやっと離れられた。

仕事内容を書いたら見つかるんじゃないかと心配になるくらい、酷い評判が広がった。

でも、その半分以上は誤解か、虚偽に基づくものだった。

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自分の能力ではやり切れない量のノルマを、立て続けに、正確にやらなければいけなかった。

能力差はまったく配慮されない。早くやれば雑だと、丁寧にやればのんびりやるなと、考えればぼんやりするなと怒られる。

それを、毎回30分サビ残して、小作業は持ち帰って、数ヶ月続けてきた。

事実上二人体制だから、第三者の目がない。私が遅い・忘れるのは真面目にやってないからと決めつけられていて、先輩は酷い言葉を浴びせたし、彼女に近い誰かが、尾ひれをつけて悪評を拡散。

ピグマリオン効果といって、期待が成果を促す現象があるけれど、その真逆の、ゴーレム効果そのままだった。

それ以外にも労働基準法や、業界のガイドラインを無視。管理部門からは見て見ぬふりをされてきた。

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最終日はよりによっていちばん忙しい日で、退勤処理をしてから1時間残った。そしていつもと同じように挨拶をして帰った。

幸い、今の部署に来る前の、もっと認知力があった頃を知ってる人は、温かく見送ってくれたけれど。

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でも、先輩達は実際は、私に依存していたんだと思う。

「思い通りに動いてほしい」という欲求が強かったのは確かだ。

だって、嫌なら辞めさせることもできたんだから。こっちだって即日辞めることはできた。

さんざんなことを言われながらしばらく続けたのは、何のためだったのか。

私もまた「先輩をこれ以上困らせるわけにはいかない」という共依存的思考に陥っていた。もちろん、「やってられるか」という気持ちと同時に。

……

こういう経験は初めてではなく、母親を筆頭に何回もある。どれも、相手自身が屈折した心境を抱えていたし、私との二者関係の間に入る人がいないことで悪化した。

自分が辞めることで職場が平和になろうが、逆に荒れようが、知ったこっちゃない。

もちろん、言いがかり以外の指摘は、改善課題として役立てていこうと思う。

頭と心は疲れ果てた代わり、体は強くなったし、確認をするクセもついたし、自分の凸凹を知り直す機会にもなったのだから。

2022年3月11日 (金)

人生で一番合わない職場(3)

人生で一番合わない職場(2)

↓Twitter(@nyk2000_2020)より

 

〈私は職場で色々な悪事をはたらいているらしい。

昨日上司に対面でそう伝えられたんで、妄想ではないですよ😅

ひきょうな手。

根も葉もない噂を流すより、私か上司に直接言えばいいのに!(辞めさせろとか使えない人だとかって)

私はクローズ就労だけど、それは治療によって改善していたのと(去年までは)、職場でどんな評価をされても構わない覚悟があったからだ。人に悪意を持ったことなんて一度もない。

そこへ、あえて私を傷つけようとしている人(たぶん複数)がいると知って、とてもショックだ。〉

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想像だけど、噂を流した人は、自分への強い不満があり、退職させようとしているのだろう。それも、「Aさんが辞めさせた」と言われたくないので、外堀から攻めているのではないかと。

姑息なテロみたいなものだ。だったら、直接殴られる方がずっとましだ。

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私はここにいるべきではない。

ただ、残っても、辞めても恨まれる。

問題は誰に恨まれたくないか。さほど話したこともない人なら気にしないし、評判がどんなに下がろうとへこたれない。ただ、親身に指導してくれた上司への義理がある。

私の認知能力がこのままでは、続ければ続けるほど、その人に迷惑をかけてしまう。施設の利用者にも。

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こんなことをいつも頭に浮かべてるから、うまくいかないのかもしれない。

 

しかし、孤立無援な状況で、自分自身以外に誰が助けてくれるというのか。

2022年2月12日 (土)

人生で一番合わない職場(1)

こんなご時世、非正規とはいえ雇い先があるだけでも幸運なのかもしれない。

だけど、どうしても合わないという場合もある。

以下、新聞記事風に(ぼやかしあります)。

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病棟で看護補助者のパートをしている40代のN子。7年前にADHDを主とする発達障害(神経発達症)と診断されて、投薬治療をしているが、職場には告げていない。以前より意欲的になった代わり、年々、物忘れや動作の遅れなどが進み、悩んでいる。

病棟の利用者は年齢を問わず、認知症や脳卒中の後遺症、高次脳機能障害などを抱えた人達だ。

学生時代、知覚心理学を学んだ彼女にとっては学びと触れ合いの場。苦手だった会話や介助もだんだん楽しみになった。民間の介護資格も取得し、この仕事をライフワークにしようかとも考えていた。

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ところが、看護師資格をもつ上司は、N子の特性を快く思わなかった。

遅刻や欠勤はないし、業務の妨げになるようなミスもしていない。それでも端々に出る発達の偏りから、上司は彼女が安全で安心なサービスを提供できないと評価したのである。

N子が清掃や補充中心の業務に回されてしばらくした頃、職員が新型コロナウイルスに感染し始めた。オミクロン株のクラスターだ。

突然、感染症病棟と化した空間。食事は袋に入れて上げ下げし、ガウンや手袋の脱ぎ着も順序が決まっている。N子は他の職員と同じように動けず、何度も叱られた。

数日経って突然、彼女は部門の責任者に小さな倉庫へ連れて行かれた。「今までの部署は感染のリスクがあるから、しばらくこっちでお願いしたいの」と。

十分な説明も、検討の余地もなかった。

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移った部署は二人体制。先輩は厳しいながらも親切で、気長に見守ってくれそうだ。

ところが業務内容が問題だった。決められた時間では到底終わらないような作業を、山のようにやらされるのである。

衣類・寝具等の分類と配布、延々と袋を閉じるだけの単純作業、軽装備での汚れ物処理、20キロ以上の荷物を次々持ち上げる重労働……。机も休む椅子もない。

マニュアルは在っても無いようなもので、曜日、場所によって例外が山ほどある。その例外が複雑ですぐには覚えられない。

しかも上からは、早く一人でやらせろ、残業はさせるな、などの指示が先輩に来たという。

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N子はすぐに筋肉痛、神経痛、メモリオーバーになった。

前の部署のSNSグループには残っていたが、名簿からは自分の名前だけ消されていた。元上司は久々に会っても、一べつしただけで声もかけない。

「あ、要らないんだ」とN子は直感した。

家に帰ると筋肉やら神経やらが痛み、物を拾うこともできない。夜、横になると、脳裏に幻覚や幻聴が現れたりもする。

N子は暇さえあれば、自分の適性のことを考えた。

「いくら頑張ってもできないのは、私に障害や症状があるからなんだろうか。どうすれば苦手だらけの仕事についていけるんだろうか。」

他の職員が散らかした物品の後片付けをするのも彼女達の担当だ。マナーの良い職員は少ない。マニュアルが例外だらけなのも、他部署の要望に応じ続けた結果なのだろう。

先輩が一人勤務だった時は、時間に終わるはずのないノルマを、超過勤務をつけず、休み時間も惜しんで続け、管理側に改善を要望しても通らなかったという。

そこまでしなければならないとは。N子は強い憤りを感じた。

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速く、正確に、大量に。世の中はその通りできる人ばかりではないのに、この職場はまるで、「劣る者は去れ、有能な者が残れば良い」と言わんばかりだ。

しかし、そのような旧態依然たるやり方が、いつまでも続くものだろうか。

N子は移った部署に腰を据えることを決め、体力や器用さを訓練で身に付けようと考えている。同時に、得意分野を活かせる資格試験の勉強を始めた。

それらは職場のためなどではなく、自分自身と、利用者のためにである。

続く

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