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2022年4月

2022年4月27日 (水)

時間感覚喪失中

最近は完全に、時間感覚が無くなった気がする。

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10数年前は、"数日前のことが思い出せない"だった。

それがいつの間にか、”昨日のことが思い出せない”になり、
1,2年前から、"今日のことが思い出せない"になり、
今年は、"さっきのことが思い出せない"になっている。

そこで終わりかと思ったら、まだその先があった。
"今(現在進行形)のことがわからない"。

治療者には「ストレスでしょう」「忙しかったんでしょう」と言われてきた。
家族には「気にしすぎ」と。

言葉とか身だしなみとかの常識は保たれているから、困り度が理解されない。
だけど、とても仕事にならないし、日常もしんどい。薬も自力じゃ管理できない。

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ところで、人の行動のプロセスって、どういう風に成り立っているのか?
調べようとしたら、心理学、認知科学、医学など、説明が複雑すぎて、ぼけた頭では理解できなかった。

とりあえず、自分で理解するために図を描いてみた。
足りない部分はあるけど間違いではないと思う。


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↑そんな感じだとしたら、私がもともと苦手で、だんだん悪くなっているのは、△と?の付いた部分。↓

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どうしたらいいか、ゆっくり考えればわかるけれど、そんなことをしていたら車にひかれてしまう。
そして最近は、判断するより先に?手足が勝手に動く時も増えた。

今まで受けた診断名では、それを説明できない。
ADHDなら悪化し続けることはないし、うつ病ならいつかは元に戻るはず。

エピソード記憶が子供の時から弱く、時間感覚が徐々になくなり、運動と音声に難がある。なのに精神疾患のような大きな症状が(まだ?)ない。
それはいったい、なんというディスオーダーなんだろう。

2022年4月22日 (金)

母の統合失調症?+何か(1)

母は30代後半の夏、私(当時11歳)と二人で旅行中に突然、錯乱というかせん妄を起こした。

(私にはその前後の記憶がない。今年、自分が似た体験をして、当時のことを考えられるようになってきた。)

 

発症(正確には急性増悪)の1年前、転居をしていたが、きっかけは隣人が家を見張っているというもので、この時点では誰も母の話を疑わなかった。

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前の母は、どこにでもいるような主婦だった。プライドが高く社交的で、料理や習字も好きだった。一方、運動神経が悪く、筋力が弱く、道具や機械がうまく使えなかった。

隣人関係の訴えと同じ頃、急に具合が悪くなって救急車を呼んだことがあり、横になることが増えた。貧血、自律神経失調症、(早期の)更年期などと言われ、滋養強壮剤を飲んでいた。

 

そんな中、家族旅行に急きょ父が行けなくなったのだ。電車で4時間かかる所。母にはプレッシャーだったと思う。

ふりだしに戻る?

異変は、朝突然だった。

「○○さん(知人でもない人)が亡くなった。行かなくちゃ」

夢と現実が混ざったことをつぶやき、呼びかけにはぼんやりして答えない。促せばゆっくり歩く。母のこんな姿を見るのは初めてで心配した。

 

どうやってかわからないが、2時間位かけて、父や祖父と合流できる場所まで誘導した。

そこから自宅まで、私は母に近づけなかった。ただひどく取り乱し、死にたがっているのはわかった。同意なき入院となったようだ。

 

まだ精神分裂病と呼ばれていた時代で、精神病院の役割も今とは少し違った。

母は病識がなかったので、この出来事以来、親族と私に根強い恨みを持った。

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2~3ヶ月入院した後、半年父の生家で療養した。母方の祖母は早く病死し、実家には義母がいたから甘えられなかったのだ。

 

自宅に戻った母は、一日じゅう横になって起きられなかった。目の焦点が合わず、無表情になり、「引っ越さなければよかった。そうすればこんなことに……」とつぶやき続けていた。

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1年ほどで家事ができるほどになった。ところが治療を拒否してしまい、また症状が強まった。

幻聴、被害妄想、不眠、希死念慮により、数ヶ月の医療保護入院→小康状態、というのを数回繰り返した(その10年間には私も異常を来し、母と葛藤した)。

 

主病名はいまだ本人に知らされていない。母は当時鉄格子のついた病棟に閉じ込められたことを恨み、私と父を信用していなかった。

だから再発時に受診をさせるのは、家族にとって難題だった。「父の言うことがおかしいから一緒に心療内科に行って」と頼んだ時もあった。

(後半へ)

今のこと>>

2022年4月15日 (金)

人生で一番合わない職場(4)

人生で一番合わない職場は、実はまだ続けている。退職を告げてから退職日まで7週間もあったからだ。

有給消化どころか、人の休暇のフォローをしている。
優しい言葉をかけてくれた職員もいるけれど、他ではもういなくなる人だからって、言いたい放題。

そして辞めることが決まっても、症状はよくならない。

仕事が遅くて不正確なのは事実。
だけど言わせてもらえば、毎回30分以上サビ残。雑談は噂が怖くてできないけど、挨拶は返されなくてもする。
腕に力が入りにくいから、腹筋から下を酷使して、下半身マッチョになった。

それでも本気でやってなかったと仰るんでしょうか。

ただ、辛い中でも学ぶことはたくさんあった。

>>退職から得たもの

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カウンセリングでそのあたりをぶちまけた後、”精神障害者福祉手帳”を取ることを勧められた。就労支援を受けられるからと。

でも、懸念がある。
診断上はうつ病とADHDになっているけれど、実際は今まで書いた通りグレーゾーンが多い。
正しい診断がわからないうちに、手帳をとっても良いものなんだろうか。

もう一つは、介護などの不定期な役割があるので、週5でコンスタントに働くことができない。
(その点は最近、改善されるようなニュースもあった。)

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取り急ぎ、提案を受けた「地域障害者職業センター」の相談会に申し込むことにした。

ところがなかなか、これもハードルが高い。
数週間先まで空きがないのと、電話予約で急に自分のことを説明することになり、テンパってしまった。

曜日は固定されているので、今のように○曜は絶対休んではいけない、という業務では厳しいと思う。時間も半休では無理。

公費で受けるものだし、不満言っちゃいけないんだけど、クローズ就労で傷つきながら色々試した方が早いだろうか、とも思ってしまう。

2022年4月 8日 (金)

洗濯さえできなくなった人

朝、「洗濯をしよう」と思いついた。
だけど次の瞬間にはコップが目に入り、お茶を飲む。
手を洗う時に「今、洗濯中だよね」と思って中を見ると、何も入っていなくてびっくりする。

あわてて洗い物を入れて回したが、洗剤を入れたかどうかわからない。
数分後、変な音がして止めた。水量の設定を間違えたんだ。洗剤もやっぱり入ってなかった。

40分後、終わりのタイマーが鳴った。
よかった、今すぐ干せそう。
ところが、カゴを洗濯機の前に置いた時、あと20分で生協の発注が〆切だと思い出す。

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発注を入力し終わり、あとは送信というところで、なぜか席を離れる(覚えていない)。

そして戻る時に洗濯物を運び、干し始める。
干し終えて戻る時にPCの発注画面に気付くも、とっくに〆切は過ぎていた。
がっかりしてインターネットで調べものを始める。

調べものが終わり椅子を離れると、かごに入った洗濯物が目に入る。
「あれ?まだ干し終わってない」

洗濯をしようと思ってから、なんと3時間も経過していた。

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こんな行動を、業務中にしていたらどうなってしまうだろう。もう段取りが悪すぎて、めちゃめちゃになってしまう。

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洗濯は、週に何度もしているから、前にやった時と、今日やった時の区別がつかない。

直近の作業は普通なら、ワーキングメモリのようなところに懸案として残されて、他の作業をしていてもいくらかサインを出しているはずなのに、今の私の中では、次々となくなってしまう。

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ここまで打ち終えてふと席を立ったら、なんと、まだ干してない洗濯物が残っていた・・・・・・
しかも、洗剤のにおいが全くしない・・・・・・!

本当にここまでくると、自分自身が完全に信じられない。

2022年4月 6日 (水)

衰えた機能を取り戻したい

実は下書きには、仕事の悩みが4件くらい入っている。

溜め込むのはしんどいけど、それはカウンセリングまで取っておこうと思う。

とにかく、ほとんどなくしてしまった能力と自信を取り戻したい。

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原因は今の時点ではわからない。自分では、母から受け継いだ神経の脆弱さに、ダメージが積み重なったんだと思う。

一つ予想できるのは、脳の機能と機能の間の"配線"にあたるものが、うまくつながらなくなったこと。左手が意図した通り動かないのと、失敗が、視覚、聴覚、体性感覚などの連動する時によく起きるからだ。

だから、見切り発車なんだけど、「疲れた機能を休めて、使ってなかった機能を鍛える」ことを心がけるつもりだ。

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手軽なのは"手、特に左手を訓練すること"。例えば、書き写しやテレビゲームなどをしたい。

それから、"積極的に音声を使うこと"。知能検査の後にも、心理士から"見たものを声に出して言語化すること"を提案されている。

あとは、"感情の訓練"。ただ、感情はどうやって鍛えればいいのかわからない。映画や漫画を見ると、自分にないものを持つ人がうらやましくて、逆に凹んでしまうし。

……

心理学や医学の本を読めば、ヒントが見つかるかもしれない。こんな体調でも、文字を読む機能が残されていることは救いだと思いたい。

2022年4月 2日 (土)

知能検査の皮肉な結果

通院先で受けたウェクスラー知能検査、WAIS-Ⅳの結果が出た。

数年ぶり、2回目の検査で、バージョンも設問も変わっていた。
知能検査の内容は、本来あまり公にしない方がいいらしい。だから伏せ気味に書く。

受けた人はわかると思うけれど、このテストは知的能力の一部しかわからない。
もちろん、頭がいいか悪いか、発達障害かどうかを判定するものではない。

ただ、能力の凸凹を客観的・相対的に知るという意味では、役に立つ体験だと思う。

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総合的なIQは前回と同じとはいえ、私の場合あまり参考にならない。

なぜなら図のように、上下で29も差があるから。

4つの群指数で最も高かったのが、ワーキングメモリ(WM、作動記憶)。
診断はADHDなのに、何とも皮肉なものだ。実生活では、0.5秒前のことも覚え続けることができないのに。

この矛盾はなぜかと考えた。

検査で用いるのは主に、聴覚的なWMだ。私は昔から、耳から聞いた言葉や記号を文字化する(詳しくは→)。
今回も自然にそうしていた。
それはたぶん、検査室という場所だからできることであって、日常場面のような視覚情報や声のあふれた場では"干渉"を起こしてしまい、WMが働かなくなってしまうんだと思う。

だから、WMの値が飛び抜けて高くても、あまり嬉しくはなかった。

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ついで高かったのが言語理解。これも意外な結果だ。
この検査には、ストーリーを組んだり、エピソードを話したりする課題はない。
だけどもしそれを調べたら、言語能力はそうとう低く評価されるはずだ。

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そしてワーストは、主に視覚を使った"処理速度"と"知覚推理"。
物をパっと見て、すぐに判断して、すぐに動く能力はもともと低いし、今はさらに低くなっている。

処理速度は次回に書くとして、知覚推理(Perceptual Reasoning)は、受けた時の感覚でも前より下手になっていた。

複雑な情報の整理や、法則性への気づき、問題解決。
低い、といってもボーダーには達している。
ただ、自分の中ではめいっぱい集中して、少しでも早く、正しく、を心がけてやったつもりだ。

きっと仕事の時と同じように、思いのほかミスをしていたんだろう。
我ながらやるせなかったし、心理士の書いたコメントが辛辣にすら感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・

WAISと発達障害との関係を検索してみたものの、凸凹のパターンは人によってまちまちで、何の診断だから何が高い(低い)というものはなかった。

ただ、この凸凹が大きいと、やっぱり生活の不具合は生じる。

前のWAIS-Ⅲは別のクリニックで、下位の十数項目の結果も見ることができた。それは4つの群の内部でも、さらに凸凹していた。
例えば、視覚か聴覚か、具体的か抽象的か、手を使うか使わないか。

今回も詳細がわかれば、もっと自己分析ができるんだろうけど。

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