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2021年12月 3日 (金)

幼少期自閉症だったと思う理由(2)

前回から続き、タイトルに疑念を持たれるかもしれないけれど、読んだ人が判断してくれれば良いと思う。

下記はコミュニケーションの問題のほんの一部で、成人後まで続いたものもある。

  • 質問に答えられないか、言いたいことと違うことを答える。
  • 授業で指されても黙ってめそめそする。
  • 耳で聞いた文を覚えられない。
  • 敬語を使う立場の相手と全く話せない。
  • 親と友達以外の人の名前を口にできない。
  • いじめや嫌な要求を受けても拒否できず、上の理由で誰にも相談できない。

Uchiki

若い頃は対人恐怖だと思っていたけれど、少し違った。

人からの印象を気にするというより、言葉そのものを理解、表現したり、上下・対等な態度を使い分けたりする、そのスキルが足りなかったのだ。

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私の母親は、持病でいっぱいいっぱいで、子供にかまう余裕がなかった。同時に、我が子の幸せ=他人に誇れる立場、という信念を抱いていた。

かたや父親は凸凹の少ない人だったし、筆記試験重視の職業だったから、勉強させればなんとかなると考えていたように思う。

仮に私の発達の偏りを指摘されたとしても、両親は決して認めなかったはずだ。

そして、結果的には、とても残念な家庭になってしまった。

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20年以上かけて、失敗を重ねて、独自の対人ルールがやっとできてきた。

例えば、新しい環境でどうやって話し相手を見つけるか……

普通なら、生まれて数年で自然に学ぶことなのに。

でも、成人ASDの再判定を受けるのは断念した。設問にこう答えれば診断されることがわかってしまってるから。

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本当は発達障害ではないかもしれないし、また専門的概念ができたり、消えたりするかもしれない。

ただ、そういう子供がいて、周りに気づかれぬまま、こういう大人になったと書くことは、いつか同じ困り事を持つ当事者や、家族がいる人の役に立つと信じている。

家族や近親者が「この子は困っているのではないか」と気にかけるだけでも、だいぶ違うと思う。

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