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2021年9月26日 (日)

ストラテラ減薬/失感情症的な特性

先日はカウンセリングと精神科の二連ちゃん。

いつも上手く説明できないので、あらかじめ箇条書きを持って行った。もちろん自分の分も用意する。

両方共通で書いたのは前回までの、「忘れちゃいけないことに限って忘れる」ことに気付いたという話。ただ、先生にはそんなにインパクトはなかったみたい。

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カウンセラーには、当面のストレスの対処法について具体的に相談した。

医師には、最近不器用さが増した件を相談。物忘れの件は置いといて、"落とすぶつかるこぼす"の件は、まるで左の脳と右の脳が、バラバラになってしまったかのようだ。

紙を書いてきたとはいえ、表情や会話はぎこちないので、やっぱり困り度は伝わっていない感じがする。

試しに、ストラテラ(アトモキセチン)を半分以下に減らしてみることになった。

これがない場合どうなるのか、気になってはいた。

ただ、場合によっては惨事も起こりえる・・・・・・

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私はもともと、感情(情動)を言語的に表すことがとても難しい。人に対してのみならず、自分の中でも。

10年以上も前に、私の精神的問題のまとめ というブログを書いた。その時はどういうメカニズムかさっぱりわからなかった。

最近はなんとなく謎のパズルがつながって、一つの形が見えてきた気がする。

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少なくても、非言語的な感情表現はできる。かえって、他の人より感情的かもしれない。

子供の時に泣き虫だったり、自傷や暴力をしたり、漫画やデザインや演奏をしたり、あるいはHPを作ったり、うつや心身症になったり、

そういった行為のほとんどが、感情の非言語的表現と言える。

そして、言語的な感情理解もあまり問題はないはず。空気・行間を読む——つまり会話や文章から他人の感情を読み取る、それはできていた。

文章を書く時は、何度か読み返し推敲することによって、ニュアンスを少しずつ自分の感情に近づけていた。だからすごく時間がかかったのだと思う。

ボーカルや朗読も長くやっていたけれど、人の書いた言葉を読んだり歌ったりする時は、別の人格じゃないかと思うくらい感情を込めることができていた。

ということで、私が致命的にできないのは、「感情を話し言葉で表現する」「話し言葉を記憶する」ことなのだ。
ついでに言えば、ダンスやフォームなど、「感情を動作で表現する」「動作を記憶する」のも苦手。


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ところが、この現象を一つの用語で的確に表すことができない。

失感情症(アレキシサイミア、過去記事へ)に近いとはいえ、感情がすべて失われているわけではない。
>>参考資料(厚労省)

また、自分はASD(自閉症スペクトラム)グレーで、その特性にも言語表現の問題が出てくるけれど、共感性がぜんぜんないわけではない。他者には共感できても、自己を共感させられる方策を持っていないだけだ。

いや、ASDでも実は自分のような人は多くて、その事実をうまく他者に伝えられていないのかもしれない。

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とにかくそれは、改善可能なのか。

今後ストラテラを抜くことで、ノルアドレナリンなどのバランスが変わっていくだろう。その時に生まれる感情との付き合い方、少し観察して行ってみようと思う。

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