記憶の再解釈はほぼ終了

負の記憶、埋めたままではまたいずれつまづくだろう。だから向き合う。
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20代始めに友達になり、その仲間内のリーダー格だったAは、自分の母がまともだった頃の人格によく似ていた。
最初は親身に話を聞いてくれて、自分を大事にしてくれていた頃の母親を投影したのだと思う。
ところがその子は、悪い部分も母親とそっくり。他の友達のBやCを持ち上げて、私には上から目線。自分がダメな人間のように思われてきた。それなら接しなければいいのに、対等に見てほしい気持ちから、いつも顔色をうかがっていた。一緒に別の友達のBをおとしめるようなこともしてしまった。私もまた、AとCにひどく自尊心を傷つけられる言動を受けた。
さらにAはいきなり私の非を指摘して、納得のいかないまま縁を切られる。11歳の時、母親が発病して引き離され、戻ってきてからは人格が豹変して冷淡になった、その体験とオーバーラップした。
 
私は精神不安定になり、順調だった学生生活も荒廃。
Bとは一応?和解し、Aともそういった友達がらみでSNSでつながったり、数年おきに顔を合わせたりした。私は当時をほとんど覚えていないにもかかわらず、不快なような、悲しいような感情が先に立って、Aと話すことができなかった。母に対するのと同じように。
 
そしてこの数年はまったく忘れていたのが、去年、Aと仲の良かったDが急逝したことや、介護で頻繁に帰省するようになったことがきっかけで、忘れていたことが徐々に思い出された。
Aに軽い気持ちで連絡を取ろうとしたがつながらず、AとBとの共通の友人、Eに偶然会ったのがきっかけでグループLINEに入ることに。
 
そして当時のテキストが出てきたことにより、完全に思い出して、再び不安定になった。
「また気軽に話してくれるかもしれない、今は角が丸くなってるかもしれない」という期待、一方で、「また冷たい態度をされるかもしれない、そしたらまた傷ついてしまう」という不安。悩んだ末、連絡先を消去した。
そしてつい最近まで普通に接していたBにも、「実は、本心では自分を許し切れてないんじゃないか?」と疑い始め、そのグループ自体から完全に離れたくなった。
 
だけど、一度よみがえった記憶はなかなか消えてくれない。どうしてこの旧友にそんなにこだわっていたのか、自分でもわからなかった。
破棄するつもりだった当時の日記等を読み返し、解釈をし直すことにした。いろんなことを考えた末…、Aのことを母親になぞらえることで合点がいった。
今後、自分からはA達と接点を持たないけれど、もしまた会うことがあれば、たぶん落ち着いて接することができると思う。

26歳の日記より

何事もなかったかのように、封じ込めたんです、私は。記憶も、価値観も全部一緒に。
それから、今に至るまで、私はあんまり覚えていないんです。今までの自分が何者で、
いったいどうやって生きていこうとしていたのか。
ある日、この迷路の中に一人、初めて放り出されたように、途方にくれてしまったんです。
 
(略)
 
自分の中の、正の感情も、負の感情も、どこかに閉じ込められてしまった気がする。もうないんじゃないかってくらい。
小さな言葉、小さな出来事に、心を動かした記憶も、みんななくしてしまった。
私はどこへいったんだろう?
 
(略)
 
ホームページを作った時、私はわずかにも夢を見させてもらった。そう、夢は夢なのだ。
全てのものはいつか、消える運命にある。たとえ虚構であっても、失うのは淋しい。
私はいつか私自身を失うだろう。それを惜しいと思えないのは、実感がないからでしょうか。
人は死にたくないから生きている。自分がかわいくて生きている。自分を生かしてくれる世界が好きで生きている。
わからない。生の意味とか・・・とっくに見失ってしまった。私は、生きるためにしか生きられない。意味わかる?
自己実現とか、夢とか希望とか、もてなくなっちゃったの。何がしたいのか いや、何ができるのかもうわかんないの。
 
なぜ生きるんだ?いつかは死ぬのに。
この答えを出したい。いつかは思い知るの。わかってる。頭で考える問題じゃない。
 
(略)
 
ただいえること 26歳という 一生に一度しかない時間が、過ぎ去っていく。
どうでもいい掲示板と惰眠と感傷と懐古(回顧?)で、過ぎ去っていく。
人と話すこともない。何かを作ることもない。このままは嫌だ。マジで嫌だ。
そう思える時間は一日の中で少ない。
 
(略)
 
26歳のあんたは、何がしたいの?何をして食っていくの?

過去に再度決別したいきさつ

【最近のまとめ】
 
15年以上ほとんど忘れていた悲しいできごとを、あるきっかけで思い出したせいで、
過去の精神状態に戻ってしまい、寝込んだりやる気を失ったり…
おととし以来書きつけていた妄想についても、当時のテキストを読んだところ、20代前半の出来事や思考を無意識に表現していたことに気づいてしまった。
 
悩みの原因となったキーパーソンは、2000年の冬にメンタルサイトを立ち上げるきっかけとなり、後の(現在に至る)人生や人間関係はそのサイトなしでは成立しなかった。
15年以上口をきいていなかったが、去年、衝動的にメールアドレスとmixiアカウントに連絡をした。ひそかに和解できることを期待していた。
しかしアドレスはすでに削除され、mixiも全くアクセスしていない様子。相手が読む前にmixiの複アカを削除した。
 
しかし、さらなるきっかけで(半分は私がそうなるよう持って行ったのだけど)、近影を目にする機会があり、同じLINEグループにも入ることになった。連絡は可能になったが(実際していない)、そのことでいっそう記憶は鮮明になり、当時3年以上にわたった長いうつ状態がぶり返した。
 
23歳の精神状態のまま1か月以上が過ぎた。
「このままじゃ頭がおかしくなってしまう。この十数年の歩みがすべて無駄になってしまう、」と思い、LINEグループを退出することにした。
しかし不用意に抜けてしまえば、他のメンバーや当人によけいな詮索をさせてしまうかもしれない。
 
考えた末、何でもない日常的なコメントの後にサクッと退出した。
たったそれだけのことで、すごく気持ちがラクになった。

短歌への三歩め

人生の賭けに出てみる。リスクはあれど挑むしかない。

今もなお心を襲う負の記憶…正に転じて昇華させたい。

妄想も無駄じゃなかった。書いたこと、いつか短歌で日の目に出そう。

歌の道…きっかけくれた旧友は知る由もないが、感謝している。

心と身体の風邪

今年もこの症状になってしまった。

のどの腫れ→副鼻腔炎→止まらない咳

それだけでなく、この風邪にかかるとひどく滅入る。
あちこち調子悪くなって、時間を見つけては寝込む、

それが1週間以上続く…

逆なのかもしれない。
メンタルが落ちてるから、この風邪をひくんじゃないかと。

今日はだいぶ良くなったんで、物理的改善に励みます。

フルーツグラノーラは悪くない。
足りないと思われるビタミンB、そしてアロマオイル

何より悩みの種から離れる…

それが難しい。

風邪で味噌断念

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手前味噌を作ろうと、豆をコトコトゆではじめたまではいいけど
ひどい風邪をひいてしまい、頭と体の節々が痛く、力が入らない。
 
途中でやめるわけにはいかないし、仕込みを半日くらい遅らそうと思ったら
結局丸2日放置してしまい、みそになる以前に変な菌で発酵しそうな勢いだったので
泣く泣く断念…
 
まあ一袋の半分しか使わなかったから、残り半分で今度は頑張ります。

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幸い家族にもうつらなかったので、薬嫌いな私は
・ユーカリオイル&ラベンダー
・なた豆茶
・めったに買わない日本酒、そして
・布団にこもる (誰に文句言われようとも…)
で対策し、3日目の朝にはスッキリしてきた。
 
だけどこの風邪、たぶん先日の"記憶引き出し開封"が尾を引いてるせいだと思う。
前にも在宅の仕事切られてすごいショックだった時、同じ症状だったし。

なぜ家の中で物がなくなるのか?

最近のなくしもの・こわしもの
 
・タブレット… 落としたと思い警察にも問い合わせたが、タンスの裏にあった
・水筒… どこかに置いてきて新しいのを買ったが、1週間でまたどこかに忘れた
・ネームカード… 家の中でなくして、購入したがまた家の中でなくした。なぜ出てこない…
・格安スマホ… 水濡れで一年でご臨終。なんとかして写真が取り出せないものか…
 
いつも不思議なんだけど、どうして家の中にありながら、物がなくなるんだろう?
掃除機で吸うはずのない、ネームプレートとか、ポイントカードとか、車の鍵とか…
 
あと、靴下。いつの間にか片方になってる。しかもお気に入りのに限って…
洗濯機の裏からたまに見つかるのもあるけど、風で飛ぶとは思えなくて、鳥がくわえていくんじゃないかと思うほど減りが早い。

短歌への二歩め

10年以上前、みそひともじというのをネットにつづっていた時期がある。
 
♪グーグルで「みそひともじ」と入れたらば3番目だと。すこし嬉しい
という当時の記述。
 

 
そもそも、コミュニケーションが苦手で言葉の表現について色々勉強したこと、
漢字や古文だけは得意だったこと、なぜか若山牧水の歌が好きだったこと、
あるいは心を病んだことや人と違う様々な経験も
短歌という世界だったらうまく表せるかもしれない。
 
以下も当時のもの
♪身を据える場無くただよう この広いネットの海で今日も文字打つ
 

短歌への一歩

最近、あるアマチュアの歌人さんに着目している。

ホムペなどはないので、短歌関係の資料やWebで見るのみ。

おそらく、同じくらいの世代で同じような生活をしていて、その歌には笑わせられながらも胸を打たれた。

問題は、そのかたがリアルで過去の友人かもしれないということだ。

連絡先も知ってるけど、本人に聞くわけにはいかない。

私みたいな大して仲良くもない人間に読まれることは、表現活動の妨げになってしまうだろう。
こちらも覗き見してるようでなんだか罪悪感がある。

できれば赤の他人であることを願いつつ…
どちらにしてもこっそり応援はするつもり。

♪なぜ君が歌を詠むのか知りたくて自分も何か試し詠みする

♪コミュ障に短歌は敷居高くても 詠もう我流の三十一文字を

記憶の引き出しを開けるのは中止

昔のことを思い出してワードに打っていたら、今更どうしようもない後悔やら、恨みやらが募ってきて、心ここにあらずという感じになって、家事や仕事も手につかなくなってしまった。

逃げるために酒量が増えて、ワインを一本空けてしまう日もあった。
結論として、「思い出せないことは、思い出しちゃいけないことなのだ、」と実感した。
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最近は前向きなことを考えているので、過去のことはほとんど頭に浮かばない。
それが今の自分には自然なことなんだと思う。

記憶の引き出しを開ける

21世紀が始まった頃の記憶を鮮明に思い出し始めている。
正確には具体的なエピソードというより、当時の思考回路が復活した感じだ。

おそらく、過去の記録を見て、働きの鈍っていた前頭葉が活性化したんだろう。

この手は認知症の対策にも使えないかな?と思う。

ただ、副作用というのか、当時のストレスやネガティブ感情も自ずとよみがえってきたので、日常作業が手につかなくなったり、やりきれず寝込んでしまったりもした。

果たして記憶の引き出しを開けるのは自分のためになるのか…?

やっちまったなぁ。スマホ

格安スマホ、水濡れした…

焦って電源入れて、液晶にとどめ刺した…
立ち上がるけど真っ暗だし、音出ないし、変なところが熱くなるし…
 
LINEやクラウドアプリの設定は生きてたけど…
ログは全部消えた。
撮影した写真と動画もね。
 
Photo
 
形あるもの、いつか必ず消える日は来るのですね。
結局、ある人の形見の白ロムを、家Wi-Fiでつなぐことで連絡可能になったけど
外に持ち出せない…
 
ああ、でも2台持ちでよかった…。キャリアスマホじゃなくてほんとによかった…。

24歳の日記より

運が悪かった。私は __________て 抑鬱(病)になって内にこもっています。
でもきっと いつか必ず 今の日々に感謝できる日が来ると信じたい。

全ての日々は 深い所でつながっていた。それを知った。闇に飲まれてわかった。 ムダに生きているんじゃないと知った。
全てを失って その前方に みえた灯かりが とても眩しい。

失望した 生きていた 一人でも 生きていく 死んでも 生きていく。

あの時 見えた希望は 闇に消えた。
全ては ここにある。 答え。

忘れていた記憶を発掘

16年以上前の圧縮された日記をパソコンの奥深くから見つけた。

そこには現在につながる嬉しい出来事も綴られていたが

所々に、触れてはならない抑圧された記憶が記されていた。

我ながらそれを読んで衝撃を受けた。

一昨年から書きつけていた妄想…、何のことはない、20代前半の自分の脳内にあった思考をトレースしているに過ぎなかったのだ。

過去の日記より

16年半たっても、思うことは同じ…
ただ、あの頃は若かった。

Uchiki

【時には感傷的に。2001/9/27】               

なんとなく途切れてしまった友達のことを 時々思い出します。
みんな元気なんだろうか。
新しい居場所で癒されていることを、祈ります。

またどこかで会えるでしょうか。
私が不快な思いをさせてしまったんじゃないかと
他の場所で見かけても 声を掛けられません。

内向系って言葉を知らなかった頃
メンタル系サイトではいつも孤独でした。
初めて居場所をもらえたと思った場所は
今はなくなってしまったけれど。

心無い人の言葉で 消えていったサイトや ネットの闇も いっぱい見てきました。。

だからいつも一つの思いを持って ページを作ってます。
異端でもいいから 細く長く ひとりで生きる人の通過点でいよう、と。

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