短歌への七歩め

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2月から作り始めたオフィシャルな短歌はいまや98首。
 
そのうちの20首はもう投稿後。なんも手習いしてないくせに…
 
3か月で100首ならば1万首まで25年、そんなもんかな?
 
・・・
 
この年で知らない単語・表現がこれほどあると思わなかった。
 
日本語の奥の深さや美しさ、助詞一つでも変わる印象。
 
言語学・日本文学・心理学、無用の学にならずに済んだ…
 
何よりも歌(ソングという意味の)を長年やってきたことが意外と役立ちました。
 
・・・
 
ここいらで短歌のネタはやめにして、また戻ります。うっかり日記に。

短歌への六歩め、っていうか

短歌への六歩め

なぜかさかさま…

ぐちぐちと書いた旧友の件は、人づての遠回しの参加拒否という形で決着がついた。

仕方ない。
合わない人は何十年経ったって合わない。
自分をねじ曲げてまで合わせる必要なんてない。

だけどね…

このむなしさを歌ではらそう…と思ったが、正直短歌を読むのも詠むのもお腹いっぱいで
代わりに、昔の日本の愛唱歌を楽譜付きで読むことにした。

これも名歌といえましょう。古文の言葉遣いや韻の踏み方を楽しく勉強できて助かります。

絆を拒否される

1月からずっと続いてきた悩みというか、精神的な混乱に、リアルに結論が出ようとしている。

何人かの旧友とコンタクトをとっているうちに、他の仲間とつながりたいと思った人達が動き出して、あれよあれよという間に新しいLINEグループとなってしまった。
…なぜか私が筆頭になって。
 
ところが、一番入ってほしいと思っていた人だけが、そこに入ってこない。
 
私の方はもう後くされみたいのは全くないけど、今は連絡を取る術がないし、
その人に声をかけた人は過去のいざこざをよく知らないはずで、
ほかの人も「なんでAさんだけいないの?」って気にするだろうけど、
とりあえず付き合いで入った感じの人もいるはずだし…
 
Aも形だけでも入ってくれたらよかったなあって。
でもそんな風に迎合とか妥協できる子じゃないから、過去にもかみ合わなかったわけだ。
 
ただ、もし私さえいなければグループに入れたのに…って思われてるなら、すごく申し訳ない。
 
 
「絆」って、もとは動物の束縛とか、呪縛っていう意味らしい。
人と人との絆ってのも、いわれるほど素敵なもんじゃないんですよね、

思い出したいこと

どうしても思い出したいことがある。
ずっと昔の4月のある夕方のことだ。
満開の桜を見上げたことだけは覚えている。

最近、実際に覚えている風景をたどってみたけど、辺りが様変わりしてしまったのもあってダメだった。

そしたらなんと、今の部屋にあった古いネガフィルムに、その当日?に撮ったとおぼしき4枚の写真があった。

早速焼き増し…
まさに桜の木を様々な位置から撮ったもので、我ながら意図的な記録のためだとわかった。

それをしばらく眺めてみたけど、その日使い捨てカメラを持っていたことさえ覚えてない。
まして何を考えたのかなんて全然。

でもどうしても思い出したくてモヤモヤしている。

最近の物忘れ

話題がない

鍵をつけっぱで出掛けたり

仕事のデータ抜けだらけだったり

あと大きい失敗
免許の更新日すぎた

寝不足が大きい
 
.................................
 
これを送信した直後に
ケータイを店に落としてきた( ノД`)

「対象喪失の乗りこえ方」

「対象喪失の乗りこえ方」
久々に加藤諦三先生の本を開いた。
ラジオ人生相談でおなじみの心理学者。

お年を召しても、神経症者全否定の断定調はぶれてない。

喪失対象を人に限らず、名声や権力などをからめて、最後はやっぱり幼児期の親との関係に収束するんだけど、

その中に
「私が私でないものになることによってしか続かない人間関係は、壊れた方が幸せである」
って言葉があった。
もっと早く、10代のうちにその考えに出会いたかった…

もう一つ、自分への憎しみと他人への憎しみに関する記述があって、たまたまテレビでも似たことを言った外国の子供がいた。

人の心を傷つける人達って、(自己愛が強いように見えながら)実はその人自身が自分を嫌い…
逆に私もその一人じゃないかって。

そういう解釈をしたら、なんだか色々なことを容認できる気がした。

短歌への五歩め

とりあえず歌誌に送ってみたものの、人のを読むと恥ずかしくなる。

千首、いや二千首か?歌の洪水に気がやられそう。
「たりき」とか「けり」とか使えそうにない。だって自分の言葉じゃないし。
難読で理解不能な歌よりも、字数そろえた愚痴のがましか。
…なんてこと入門者にはぼやくのもおこがましいが素直な感想。

啄木と牧水はずっと好きだった。全部の歌は読んでないけど。

縁遠き友

疎遠な旧友のAに、きわめて事務的なメッセージをした。

たったそれだけのことに、迷って迷いまくった。

たいていのマイナスの人間関係は、離れてそれっきりだけど、このケースでは自分とAの友人関係がほぼかぶっていて、どちらにとっても懐かしくてかけがえのない仲間だということが問題。
 
最初は私が仲間と縁を切るつもりだった。ところが、退会したLINEグループの2人が自分を"友だち"追加してくれた。その1人がBだったことで心が揺れた。
 
今思えば、Aが自分に取った態度はささいなことで、私がAに従う形でBにしたことの方がずっと酷い仕打ちだったのに、Bはその後会った時も、変わらず親切に接してくれていた。
 
ちなみに、AとBは元のようにではないけど、普通に同じ集まりに来ていると伝え聞いている。
 
LINEをしていない何人かにも用を作って連絡を取ると、いずれも温かい返事をくれた。さらに離れるのが惜しくなった。
 
他の友達は私の前ではAの話をしないし、Aの前では私の話をしない(?)。そんな風に気を遣わせ続けるのはもう嫌だ…
 
だからダイレクトに、シンプルにAにメッセージを書いた。使ってるかどうかもわからないSNSを通じて。
 
・・・
 
現時点で返事はなし…

記憶への訣別

訣別
今日、ある街に一人で行った。
そこに20年近く前、心の一部を置き去りにしてきた。

二度とその街には行かないと決めて、今日、心を回収してきた。

私にはどうしても思い出せないことがあり、そのデータの回復が目的だったけど、
結局思い出せなかった。

お礼参りで近くの寺社に祈ってきた。
20年の間に、変わってないものもたくさんある。

この数日間に、自分でも見覚えのない写真や記述をたくさん見つけた。

そして、バラバラだった過去と現在が隔たりなくつながりはじめた。

K県K市
さようなら

短歌への四歩め

短歌への五歩め
文語体なる表現は知らねども 読め、詠め、歌を心ゆくまで

時間の伸び縮み

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1分おきにカウントするタイマーを使っていてよく思うのだけど、
自分の中では数秒の長さなのに、1分過ぎてるって時がある。

だいたい何か考えごとしてる時。

かと思えば、朝の起きかけの時などに、1分が数分にも感じられる時がある。

そういう時間感覚のズレが遅れにつながったりすると思うんで、
こまめに時刻を確認することは必須。

声によるリマインダーが役に立つ。
伸び縮みする時間感覚…

過去の自分のバックアップ

無用の長物だけど、学生の時は人の記憶や、認知の仕方について勉強をしていて、フロイトをはじめいろんな話を聞いたのに、そんなこと今はすっかり忘れていた。

だけど最近、身をもって知ったのは、
「過去の自分は脳のどこかで確実にバックアップされている」ということ。
たとえ意識が忘れてしまっても、退行催眠、多重人格、認知症でなどでみられる"あたかも〇歳に戻った自分"というのは本当に起こりえるということだ。
 
自分の場合も、本当に時計を巻き戻したかのように、現在なんてないかのように、ある時点のアイデンティティ(?)が復元されるという体験をした。
 
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生まれてからこれまでにあった出来事は、 
もちろん悪い出来事もあるし、そういったものほど無意識の奥底に押しやられ、気づかないうちにネガティブな言動を引き起こしているのかもしれない。
でも、決して無にはならないはず。
 
自分にもまだまだ思い出せないプチトラウマがいくつかあるけど、それもまた機会があれば、前向きに向き合ってみようと思う。頭が壊れない程度に。

記憶の再解釈はほぼ終了

負の記憶、埋めたままではまたいずれつまづくだろう。だから向き合う。
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20代始めに友達になり、その仲間内のリーダー格だったAは、自分の母がまともだった頃の人格によく似ていた。
最初は親身に話を聞いてくれて、自分を大事にしてくれていた頃の母親を投影したのだと思う。
ところがその子は、悪い部分も母親とそっくり。他の友達のBやCを持ち上げて、私には上から目線。自分がダメな人間のように思われてきた。それなら接しなければいいのに、対等に見てほしい気持ちから、いつも顔色をうかがっていた。一緒に別の友達のBをおとしめるようなこともしてしまった。私もまた、AとCにひどく自尊心を傷つけられる言動を受けた。
さらにAはいきなり私の非を指摘して、納得のいかないまま縁を切られる。11歳の時、母親が発病して引き離され、戻ってきてからは人格が豹変して冷淡になった、その体験とオーバーラップした。
 
私は精神不安定になり、順調だった学生生活も荒廃。
Bとは一応?和解し、Aともそういった友達がらみでSNSでつながったり、数年おきに顔を合わせたりした。私は当時をほとんど覚えていないにもかかわらず、不快なような、悲しいような感情が先に立って、Aと話すことができなかった。母に対するのと同じように。
 
そしてこの数年はまったく忘れていたのが、去年、Aと仲の良かったDが急逝したことや、介護で頻繁に帰省するようになったことがきっかけで、忘れていたことが徐々に思い出された。
Aに軽い気持ちで連絡を取ろうとしたがつながらず、AとBとの共通の友人、Eに偶然会ったのがきっかけでグループLINEに入ることに。
 
そして当時のテキストが出てきたことにより、完全に思い出して、再び不安定になった。
「また気軽に話してくれるかもしれない、今は角が丸くなってるかもしれない」という期待、一方で、「また冷たい態度をされるかもしれない、そしたらまた傷ついてしまう」という不安。悩んだ末、連絡先を消去した。
そしてつい最近まで普通に接していたBにも、「実は、本心では自分を許し切れてないんじゃないか?」と疑い始め、そのグループ自体から完全に離れたくなった。
 
だけど、一度よみがえった記憶はなかなか消えてくれない。どうしてこの旧友にそんなにこだわっていたのか、自分でもわからなかった。
破棄するつもりだった当時の日記等を読み返し、解釈をし直すことにした。いろんなことを考えた末…、Aのことを母親になぞらえることで合点がいった。
今後、自分からはA達と接点を持たないけれど、もしまた会うことがあれば、たぶん落ち着いて接することができると思う。

26歳の日記より

何事もなかったかのように、封じ込めたんです、私は。記憶も、価値観も全部一緒に。
それから、今に至るまで、私はあんまり覚えていないんです。今までの自分が何者で、
いったいどうやって生きていこうとしていたのか。
ある日、この迷路の中に一人、初めて放り出されたように、途方にくれてしまったんです。
 
(略)
 
自分の中の、正の感情も、負の感情も、どこかに閉じ込められてしまった気がする。もうないんじゃないかってくらい。
小さな言葉、小さな出来事に、心を動かした記憶も、みんななくしてしまった。
私はどこへいったんだろう?
 
(略)
 
ホームページを作った時、私はわずかにも夢を見させてもらった。そう、夢は夢なのだ。
全てのものはいつか、消える運命にある。たとえ虚構であっても、失うのは淋しい。
私はいつか私自身を失うだろう。それを惜しいと思えないのは、実感がないからでしょうか。
人は死にたくないから生きている。自分がかわいくて生きている。自分を生かしてくれる世界が好きで生きている。
わからない。生の意味とか・・・とっくに見失ってしまった。私は、生きるためにしか生きられない。意味わかる?
自己実現とか、夢とか希望とか、もてなくなっちゃったの。何がしたいのか いや、何ができるのかもうわかんないの。
 
なぜ生きるんだ?いつかは死ぬのに。
この答えを出したい。いつかは思い知るの。わかってる。頭で考える問題じゃない。
 
(略)
 
ただいえること 26歳という 一生に一度しかない時間が、過ぎ去っていく。
どうでもいい掲示板と惰眠と感傷と懐古(回顧?)で、過ぎ去っていく。
人と話すこともない。何かを作ることもない。このままは嫌だ。マジで嫌だ。
そう思える時間は一日の中で少ない。
 
(略)
 
26歳のあんたは、何がしたいの?何をして食っていくの?

短歌への三歩め

人生の賭けに出てみる。リスクはあれど挑むしかない。

今もなお心を襲う負の記憶…正に転じて昇華させたい。

妄想も無駄じゃなかった。書いたこと、いつか短歌で日の目に出そう。

歌の道…きっかけくれた旧友は知る由もないが、感謝している。

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