なんて書いていいか

とにかくこの半年弱、生活がズタズタだったので建て直したい

長らくごぶさた

Excelへの書き込みは1300行くらいになったと思います。
物心ついてから今まで考えてきたこと、経験したことが
だいぶ凝縮されてきた。

もし私が死んだら誰かに発表してもらえるよう、遺言状に書いとこう。

っても親と夫が健在なうちはだめだなあ。

ですが作業の対価として身の回りのすさみようは
いい加減に病的レベルになってきました。

洗濯、掃除、買物、料理、連絡、世話、あとなんだっけ…
前は両立できたのに、ほとんどそっちのけになってます。

また忘れん坊

病院に行って、妄想半分、リアル半分みたいな話をした。

人に邪魔されずに作業したいのに、
朝の4時半に起きたら誰か起きてくるし
夜の12時になっても誰かは寝てないし
なんかすごくストレス…
一人になって集中したい…

あと最近、洗濯ものを洗ってから干して取り入れるまで
丸3日かかってる。
洗濯機の中で1晩、干すかごで朝から夕、物干し竿で1晩
毎回忘れてしまう。
発見するたびすすぎ直し…

妄想止まる

空想癖が嘘のようにピタリとやんだ。
2ヶ月以上かな?

とくに今年にはいってから、ブログや連絡はおろか
生協も資源ごみも布団干しも何週間と忘れていた。

ついに病院に行くことさえ。

冷蔵庫が空で夕食が焼いたイカとサンマの缶詰
そんなレベルの日も何日かあった。

たぶんドーパミンか何かが出すぎてたんだと思う。

今は一転してうつ傾向。
手が震えて物もろくにもてない。

もうアイデアなんか全然出てこない。

明日からまた真面目にやろう…

ダブル成人

同窓会に出てきた。

クラスのやんちゃな男のこたちも立派なイクメンになってた。

もちろんそういう子ガ来たがるからなんだろうけど、

私と同じ高校に入れなかった友達は負け犬と言いながら
リベンジして国家資格を取ってすばらしい人生を歩み、

かたや私はつまづきだらけのひどい人生を歩み

でもそのことを語り合ったことで互いに、
またこれからの人生をもっと潤していけたら嬉しい。

今年はなるべく懐かしい仲間に会っていこうと思う。
もう一生二度と会わないつもりで…

昔の軌跡

実家に帰省して、ってもいつも6時間しか滞在できないけど、
古いフロッピーや写真を処分することにした。
ほとんどは20代のうちに捨ててしまってる。

まだ2DDや1HDのフロッピーがたくさん残ってて
そこに13〜23歳頃の日記や韻文が入ってた。
でも当時のワープロは液晶がザラザラになって見られないし、
読み出す術も忘れてしまったから、全部壊して捨てることにした。

写真は風景とか無難なものしか残ってない。
そういえばいつだったか、実家の部屋で写真を大量に燃やしたっけ。
いろんなこと思いだしかけたけどやめた。
四十路の節目に、25歳以前の思い出は全部すてよう。

ネガフィルムは何個かもって帰ってきた。見返すのが怖いけど、これも燃えるごみかな。

改めてよろしくお願いします

ある場所にブログへの入口を作りました。

今年はネットでもリアルでも色々変えていこうと思います。
しばし中断

2017

明けましておめでとうございます。

3が日は義理の田舎に帰省中。

家に戻ったらちょっとしたカミングアウトをする予定です。

16→17

病院で、頭の中のことを書き出すことは先生に良いことだとほめられた。
そうしてるうちに考えがまとまってくるだろうと。
まだまとまりそうでまとまらないけど
食欲や睡眠もだんだん戻ってきた。

私みたいに過去の具体的エピソードを失っている人間は
自分史の代わりに架空の事物をつづっていくしかない。
その代わり、その"夢日記"の端々には確実に生きた証拠が残るはずだ。

2ヶ月ほど無駄にしたけど、空想の世界に行ってきてよかった。
普通に2ヶ月過ごしてたら味わえない喜びや発見があった。
(もちろんそれも過去のどこかで経験した記憶の組み換えで…)

しかも不思議と、リアルな生活にも多少のメリハリが感じられるようになった。

ちなみに、リアルな暮らし…人に見せられないくらいわびしい。
たぶん来年からもっと厳しくなるなぁ。

見失い

今日はクリスマスイブでしたっけ。
飾りをする気もしなかった…

最近、どんな口調、どんな声でしゃべればいいか、わからなくなってきた。
それに自分のこと何て呼んでたっけ?「わたし」?「あたし」?

ハロワに行っても何ができて何ができないのか、見定められない。
調理、清掃、運転、介護… は不器用すぎてむり。
でも希望の条件だと、8割がた作業系か、要資格の求人しか出てこない。
残り2割、事務、接客、医療…は電話の時点でダメだったり。

日曜休みにこだわらなければあるんだろうけど…

フェイクの記憶

頭の中が言葉とイメージでいっぱいだ。

母が40手前でかかった病気もそうだった。

母の場合は外から聴こえる声だったけど
私のは全くフィクションの思考で、
フェイクの記憶が次々と作られていく感じ。
文才とオリジナリティがあれば、本でも書けるのかしら。

リアルでは、自分の人生はもう40で終わってしまって、
あとは惰性のように日々の責任を果たしていくだけかなぁ。
本当に8月までとは、全く内面が変わってしまった。

欲しいものも行きたい場所も、もう想像で十分。
ちょっと調べれば実現した気になってる。
逆に現実の方が夢の中みたい。
色々なことが滞ってるけど、前のような焦りもない。

薬も変わってない。
自称他害のない妄想なら、病気とみなされないのかな。

朝帰り

3年ぶりに故郷の飲み会に行って終電を間違え、
何もない乗り換え駅で途方にくれる。

アラフォーの主婦が一人、カラオケで2700円…

でもいい思い出になった。
2時過ぎまでいろんな曲流して。

5時前の始発で帰り7時半すぎに到着。

若い頃よく来た街で記憶も整理できたし
リアルの自分とゆっくり向き合えたと思う。

プチ社会参加

認知症関係の施設でボランティアをしてきた。

働いていた頃の環境に似てたし、
自分のスキルによって人に喜んでもらえるというのは、
なんだか充実感があった。

きっと外で働いたら、苦労はあれど
こういう気持ちをまた味わえるんだろうなぁ。

でもこのボランティアをするために
家族に頭を下げて協力を乞わないといけなかったから
まだまだ自由には動けないのがもどかしい。

妄想を文字に起こす

妄想を全部Excelに書き出した。
読み取りパスワードをつけて。
200行くらいかな?

行き場のなかった思考を吐き出して、かなりスッキリした。

パソコンで言えば頭の中の徹底的なデフラグ、
最適化作業みたいなものだ。

いつか時間ができたら、それらを一連の歌のようなものにして

自分がいなくなった後に公にしてもらおうかしら。
もちろん30年以上先の話。

病院と安心できる場所

病院で妄想癖のことを話した。

うつ系の症状があるけど、ストレスによく対処しているとむしろ言われた。
(防衛機制って言葉を思い出した)

でも逃げていた現実に向き合わされたせいか、
帰ってきても涙が止まらない。

実家はとても安心して帰れる所じゃない。
とはいえ今の立ち位置では弱音をはけず
あらゆることを我慢していくしかない。

医師には相談機関に連絡することをすすめられたけど
今までは、空想世界しか身を落ちつけられる場所がなかったということか。

あるいは薬、酒、音楽、
自分はできないけど人によっては恋愛とか友達とか宗教とか…
あと仕事とか…

でも、うつにとりつかれた人間にとっては
あの世だけが安心できる場所のように見えてしまうのかも。
たとえそれが誤った選択だとしても!

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